ボビー

映画「ボビー」を見てきた。監督は俳優のエミリオ・エステベス
1968年、大統領候補である上院議員ロバート・F・ケネディ(愛称ボビー)がホテルで暗殺された。その日のそのホテルでの普通の人々のドラマを描いた群衆劇だ。冒頭で登場人物に「グランドホテル」の話題を出させることで、これが「ホテルを舞台にしたグランドホテル形式」の映画であると示しているところが心憎い。
メキシコ人だから差別されるということに我慢できない違法移民の給仕助手、同級生をベトナムに行かせないために結婚する女性、鬱病精神科医にかかっている夫とその妻、LSDに熱狂する若者、ボビーに未来を託す選挙スタッフたち、上司と不倫する交換手とその相手とその妻・・・。映画には、時代を写す、もしくは個人的な事情を抱えた様々な人たちが登場する。登場人物達に対する監督の視線はあくまで暖かい。が、その描き方がちょっと感傷的過ぎるのと、個々のエピソードのつながりが多少ぎこちない感じがするな。と思っていたら、彼らは最後に思いがけない方法でつながりをもつのだった。
おお、なんたる偶然、なんたる運命。しかしその偶然性こそが「今」(1968年当時の)の社会を象徴しているのだ、と感じさせる、ボビーの演説の使い方がうまい。私はこの当時のことにもボビーにも全く詳しくなく、実は「当時の様子をうまく再現している」という批評につられて観に行った人間なのだが、これには非常に感動した。大統領になった兄に比べ、「候補」で終わったボビーの印象は、少なくとも今の日本人にとっては希薄だ。けれどもこの映画を見ると、彼がいかに当時の人々に希望を託されていた存在であったかが伝わってくる。
それに加えて、監督はこの作品を通して明らかに「現在の」社会をトレースしてみせようとしている。映画の中でのベトナム戦争の扱いに、今のイラクアメリカの関係を見ない人はいないだろう。本人に加えて、熱烈な民主党支持者の父親マーティン・シーンも出ていることだし。たぶん本人も民主党支持者だよな。つまりこれは現政権批判の映画でもあるのだと思う。その、幾分ドリーミーな民主党賛美の姿勢があからさまなのが、やはり感傷的だと感じさせはするのだけれど。でも、アメリカ人がこの映画を見て何を思うのか、聞いてみたいとは思う。*1
映画では、当時のボビーの映像を巧みに挿入することで、その当時の時代性と臨場感をうまく演出している。ただニュース映像として挿入するだけでなく、暗殺されるその日そのホテルでの実際の映像を使うことで、ドラマの登場人物とボビー本人を作品の中で同じ空間に存在させているのだ。撮影されたドラマの部分では、ボビーの姿は誰かの影になっていたり微妙に焦点の合わない姿であったりと、役者を立てて彼を演じさせることを巧みに避けている。
作品の中で使われる当時の映像としては、CBSの(じいさんになってもがんばる)名物記者マイク・ウォレス*2の若き日の姿が出てきたことも時代を感じさせた。
字幕は松浦美奈によるもので、ナッチと違ってそれほど違和感は感じなかったが*3チェコスロヴァキアの女性新聞記者が自国名をちゃんと「チェコスロヴァキア」と言っているのに、字幕では単に「チェコ」と書かれているのが気になった。後で買ったパンフのあらすじでもそうだったが。字幕では字数の問題もあるからある程度は仕方ないのかもしれないが、チェコスロヴァキアは十数年前にチェコとスロヴァキアに分離しており、今言う「チェコ」と当時の「チェコスロヴァキア」は同一範囲の国土を持つ国家ではない。だからここでのチェコスロヴァキアという言葉も、現代の人間にとっては時代性を感じさせるタームとなるはずなのだ。つまりここはそのままチェコスロヴァキアと書くべきだったと思う。1968年にプラハの春が起こったのはチェコスロヴァキアであり、チェコではないのだから。


とまあ、なんかいろいろ書いてみたが、名の知れた俳優がたくさん出演して当時のファッション・風俗を再現している(ちょっとコスプレ大会っぽさも感じる(笑))のを見るだけでも楽しい映画だ。話の背景と出演者を確認したくて久しぶりにパンフ買っちゃったもんね。しっかし、美容師のおばさんがシャロン・ストーンだったということに最後まで気づかなかったわ。

*1:民主党支持者の私の英会話の先生に、DVD出たら見て!って勧めてみようかな。ただ、今週彼はまた旅行に行くそうなので(今度は「メキシコ料理を食べに」東京に行くそうだ)、今週は会えないのだけど。

*2:"60 Minutes"名誉記者。この"60 Minutes"も1968年放送開始だそうだ。

*3:ただ、見ていて一瞬あれっ?と思った箇所があった気がする。どこかも覚えてないけど。