トニー滝谷

TONY TAKITANI

トニー滝谷」を観てきた。市川準監督の新作。
監督の前作「竜馬の妻とその夫と愛人」は、脚本の三谷と監督がそれぞれの仕事をそれぞれらしくやったためにどうにもちぐはぐな映画になっていたけれど、今回は脚本も監督が担当しているだけに、とても市川準らしい作品になっていた。
一人の孤独な男に訪れた喜びと、再びの孤独と、気持ちのざわめきを描いた映画。
村上春樹の小説を原作にしているこの作品は、映像のついた小説みたいな映画だった。登場人物達の状況や気持ちを、小説の文章と同じなのではないかと思われる−つまり朗読のような−ナレーションで西島秀俊が語り、ときにその末尾を登場人物本人が(台詞としてではなく、ナレーションと同じ)文語体で語る。
小説というものが本来もつ静けさを実写にそのまま持ち込んだような、淡々とした映画だった。主人公とその父親をイッセー尾形一人二役で、また、主人公の亡くなった妻と、その妻に体型の似ている(顔が似ている、ではない。もちろんどう見ても同じ顔なのだが、イッセー尾形が彼女を見て妻にうり二つで驚く、というような描写は一切ないのだ)女性を宮沢りえ一人二役していることも、目に見えている事柄より言葉が優先されるような不思議な感じを与えている。
彼の映画は好きなので、こういう空気感も余韻も嫌いではない。
ただ、(特に恋愛に関して)含みを持たせた終わり方というのは最近よく観ていて、少々食傷気味なのだ。今回の映画がそれらに比べてとりわけ傑出したところがあるとも思えなかったし。あともう少し、観る者にとって何かとっかかりとなるものがあれば、と思わずにいられなかった。
でもこれ以上の何かがあると、この映画のもつ儚さがなくなるような気もするし、難しいところだなあ。