BSドキュメンタリー 「史上空前の論文捏造」

物理学者の論文捏造事件を追ったドキュメンタリー。
アメリカのベル研究所に所属するシェーンという若い研究者が超伝導の分野ですごい論文を次々と発表し、ノーベル賞候補とまで言われたが、後にそれがほとんど捏造だったことが判明した、という事件。番組ではこの事件について様々な面から検証していたのだが、詳細が明らかになってみると、これがかなーりいい加減な話なのだった。
追試・・・世界中の研究所が彼の研究の追試を行ったが、結果を出すための実験そのものがうまくできない。論文にも実験方法は詳細には書かれていなかったからだ。しかしベル研の有名な研究者(彼はシェーンの共同研究者になっていた)が発表した研究だったため、論文の内容が疑われることはなかった。研究者達曰く、自分たちの実験技術が足りないのだろうと思ったとか。企業の経営する研究所の研究だったため、その実験方法に特許などの問題が絡んでいて公に出来ないのだろう、なんてことを推測していた研究者もいた。この追試のためだけで世界中で10億もの資金が費やされたらしい・・・。
雑誌・・・論文を掲載したネイチャー誌はその画期的な内容に興奮したという。論文は別の研究者に査読に出され、その研究者は論文について「実験方法があいまいだ」とネイチャーに進言したが、結局たいして訂正されることもなく、論文は数ヶ月後にネイチャーに掲載された。論文雑誌自体は全ての専門性を網羅できるわけではないし、査読では研究結果にまでは言及できないからここには実際的な検証機能はないというわけだ。
同僚・・・実はベル研の同僚もシェーンの実験についてよくは知らなかった。で、実験してる機械はどこにあるのだと聞いてみると、彼はドイツにある(彼はドイツ出身で、頻繁にドイツの研究所と行き来していた)と言ったという。(←なんだよそれ) その驚異的な結果を次々と出す機械は、研究者達の間で「マジックマシーン」と呼ばれていた。ああ、なんだかまるでどこぞやの「ゴッドハンド」みたいな名前ですな。
しかし、彼の研究を検証するために実際にベル研の人間がドイツに行ってみて驚き。そのマジックマシーンは、実はものすごいオンボロの機械だったのだ。普通のアナログなタイマーがボロい機械の上に乗ってる写真には笑ってしまった。しかも、このときになってシェーンは研究に使う顕微鏡の使い方すらよく知らないらしいということがわかって、彼らはこれは怪しいと思ったが、結局そのことは外部には公表されなかった。
内部告発・・・当時、親会社は業績が悪化しており、利益に繋がる研究が推奨されていた。そしてシェーンの研究はそれに沿っていた。ベル研内で内部告発を試みた研究者もいたが、無視された。
科学の現場にありながら、検証機能ゼロ。そしてその間にも「画期的な」論文は発表され続けていったわけ。
しかしあるとき捏造が発覚したのだが、そのきっかけがこれまたすごくしょぼーい話。
ある研究者のところに「シェーンの研究をよく見てみろ」という留守電が入った。そこでその研究者がシェーンの研究をよくチェックしてみたところ、なんと複数の別々の研究で同じグラフが流用されていることがわかったのだ。それらのグラフを重ねてみるとほとんどぴったり重なってしまう。一部縮尺を変えて微妙に違う結果にはしてあったが、おいおい、そんなんで今までばれなかったのかよ。とつっこみたくなるようなずさんな「捏造」ぶり。
結局、この研究者らの告発によってベル研内でも調査が行われることになり、シェーン自身が捏造を認めたために彼が解雇されて事件は終わった。
しかし今回のことで、物理学は実験をベースにしているため捏造はないだろうと考えられてきており、アメリカでも物理学の分野では研究を検証する機関がなかった。とか、現在では研究内容が細分化されてしまっていて共同研究といえど各研究者の研究には他の人は立ち入れなくなっている。とか、そもそも利益を優先する傾向がこういう捏造を引き起こすのだとか。いろいろな問題が明らかになったのだった。
捏造ができてしまう構造の問題についての取り上げ方が少し物足りないとは感じた(今回の事件をもとにより一般化してまとめてほしかった)が、それでもおもしろい番組だった。でかいホラを風船のように膨らませて、それが弾けてみたら恥ずかしい事実が残った、という、笑える(でも本当は笑えない)構造も含めて。製作はNHK。結構よくやってます。