ファストフードが世界を食いつくす

ファストフードが世界を食いつくす

もう数ヶ月前の話になるのだけど、英会話教室でテキストのテーマがファストフードと現代人の食生活についてだったとき、先生が「すごく面白かった」と言って勧めてくれたのが"Fast Food Nation"という本だった。これはその日本語翻訳版*1。大分前に購入していたのだけど、最近になってようやくちゃんと読み始め、昨日やっと読み終えた。
結論から言うと、本当に「すごく面白く」て、現代の企業を含めた消費社会の構造を考える上でも非常に参考になる本だと思う。
日本版タイトルは少し扇情的で、ファストフードの悪い点を挙げ連ねて攻撃するような内容を想像させるが、実際にはファストフードに限らず、それらの企業が関わるアグリビジネス全般について多様な側面から迫った力作だ。
全てのトピックをその歴史的・社会的背景から説明しているので、その「業界」が現在の状態にある理由がとてもわかりやすい。文章も平静で、それゆえに現実の凄烈さが際だつ感じがする。終章で初めて、著者の主張というものがストレートに語られるのだが、それまでの章とは打って変わった厳しい口調に逆に驚いたくらいだ。
ほぼ全ての章に共通する、一人の人物の物語から始めて、その人物にまつわるスモールワールドからやがてビッグワールドの話へ・・・というスタイルは、始めは少し退屈に感じられるが、後になると、その語られる物語のすごさに目が離せなくなる。著者は徹底した現場主義で、膨大な数の取材とインタビューをこなした上でこれを書き上げたと思われるが、そういう丁寧に物語をすくうやり方でしか出せないリアリティがここにはある。
著者が特に力を入れて書いていると思われる、食肉加工業の雇用・労働の劣悪さを描写した件はすごいの一言。あまりの酷さに読むのがつらくなるが、それでも読ませてしまうのは文章の力ゆえだろう。
もう大分前に出版された本だし、アマゾン辺りの感想や批評を読めば大体どういった内容と質の本かはわかると思うのだけど、特に「今」、私が読んでいて身の毛もよだつ思いがしたのは、食肉加工会社が移民や不法入国者を「高い離職率でいくらでも補充のきく安い労働力」として雇い入れ、熟練の技を必要としないライン作業での危険な作業に従事させていることが書かれた部分だ。そこに書かれていることは、現在日本で大きな問題となっている、派遣労働者の雇用構造によく似ているように思われた。
まさか、日本の労働問題と似た構造をこんなところで目にするとは。しかも、アメリカではこれはここ数年の出来事ではない(この本が出版されたの自体6年前だし)。
アメリカの企業をこういう状態に押し進めたのは、いきすぎた利益追求と、規制緩和と意味のない補助金という形で示される政府機関との癒着である。翻って日本のことを考えたとき、現在の派遣労働の問題は、雇用に関する規制緩和が直接的な誘因と言われている。しかしそれだけでなく、「規制緩和」が引き起こしたと思われる問題は日本ではときどき報じられている。企業には適切な監視と規制、そして適切な政策が必要だ。この本の内容と併せて、いきすぎた規制緩和のいきつく先を考えると空恐ろしくなってくる。
広く、日本はどうだろうか、そしてどうすべきかと考える点でも興味深い内容だ。

*1:原書を読めるほどの英語力は私にはない